にしこうべ vol.10 2015年11月
より安心、安全な外科手術のために術前療法や心理面でのサポートも
内視鏡下手術の適応は拡大傾向
がんが生じる最初のきっかけは、遺伝子の損傷だと言われます。つまり、「がん」は、高齢社会において避けられない病と言えるでしょう。とくに、日本に罹患者が多い胃がん、食生活の欧米化で患者数が急増している大腸がん、さらに早期発見が難しい肝がん、膵がんといった消化器系のがんに対する外科手術は、当院でも予定手術の多くを占めています。
(お話は、外科・消化器外科の京極高久部長、伊丹淳医長、石井隆道医長)
地域のがん診療の拠点として患者さんを受入れる
まず、消化器外科の主な診療内容と近年の特徴を教えてください
京極:胃がん、大腸がんなどの消化器外科疾患を中心に、ヘルニアなどの一般外科疾患と、腹膜炎や腸閉塞などの救急疾患を取り扱っています。平成26年度の総手術件数は851件でしたが、27年4月に「国指定地域がん診療連携拠点病院」の指定を受けたこともあり、がんの手術が多くを占めています。開院当初から「地域医療機関との連携」を基本方針に掲げており、消化器外科にも近隣の先生方から数多くの患者さんをご紹介いただいております。
なかでも大腸がんは、食生活の欧米化などの影響からか症例が急激に増えており、手術件数でも胃がんを抜いてトップとなりました。同じように増加傾向をたどっているのが膵がんですが、初期段階で自覚症状が出にくく、早期発見になりにくいのが難点ですね。
早期に発見できれば、手術なしで治癒するケースも多いのでしょうか?
京極:消化器系だけでも、年間20症例ほどが内視鏡的粘膜下層剥離術などのカメラ治療(内科的治療)で終わっています。
外科治療についても、胃がんや大腸がんの場合は内視鏡下手術の割合が上がってきています。これは、従来のバリウム検診に加えて、精度の高い内視鏡検査が出てきたことで、ごく小さな腫瘍でも発見できるようになったことが功を奏しているのだと思います。
伊丹:また、当院では「身近な保険医療講座(講演会)」で、がん初期の自覚症状の特徴をお伝えするなどして、早期発見を後押ししようと努めています。
進行がんの場合でも、抗がん剤も良いものが増えてきましたし、放射線治療などと合わせた集学的治療を施すことによって、切除可能な状況までステージを下げられるケースが増えてきました。/p>
手術前から重要な選択が始まっている
内視鏡手術を行う場合のメリット、デメリットを教えてください
伊丹:消化器系の手術に関しては、開腹(もしくは開胸)手術に比べて傷口が小さいことがメリットです。たとえば腸の手術の場合、できるだけ腸が空気に触れにくい状態を保ったほうが術後の再活動がスムーズにいくことが多いようです。当院では、京極部長と私が日本内視鏡外科学会技術認定医となっており、安全な手術を行っています。
ただし、内視鏡下の手術が万能というわけではありません。
手で臓器などに直接触れるという“触覚”が使えないので、がん細胞の浸潤の度合や場所によっては、開腹(もしくは開胸)手術のほうが安全でダメージが少ないというケースも…。私たち外科医は、「手術ありき」ではなく、どの術式が「患者さんを治す」という大命題に対するベストなのかを慎重に考えています。患者さんが80歳を超えていても、それが手術できない理由にはなりません。
胃がんや大腸がんに比べると、肝がんや膵がんは「死亡率が高い」というイメージがあるのですが…。
石井:まず肝がんですが、C型肝炎の新たな感染が少なくなったため、肝臓を病巣とする原発性肝がんは減少傾向にあります。その半面で、大腸がん、膵がん、乳がんなどから、がん細胞が肝臓に運ばれて着床する転移性肝がんが目立つようになりました。転移性肝がんは切除による治療効果が高いですが、肝臓は人体の代謝を司る化学工場のような場所で、心臓や肺と並ぶ「生死に関わる臓器」のひとつ。ある程度は摘出しても大丈夫ですが、全摘したら生きていけません。そこで、術前に3D-CTを撮って切除後に残る肝臓の重量を計算し、必要に応じて、放射線科や内科と連携して肝臓の重量を増やしておく「門脈塞栓術」を行ったり、切除を2回に分けるなど、患者さんの安全を守れるように手術をデザインしています。
膵がんは、血管への浸潤や転移を起こしやすく、消化器系がんの中でも治りにくいがんと言えるでしょう。やはり食生活の変化などの影響で発症数も増え、国内の死亡原因では肝がんを抜いて5位に上がってきました。
京極:また、大腸がんは初期段階なら完治する率が高いのですが、「ちょっとお腹の調子が悪いだけ」「今は仕事が忙しいから病院に行く時間がない」と我慢したり、「この程度の出血なら痔だろう」と、がんの兆候を見過ごしているうちに、肝転移やイレウス(腸閉塞)に至ることもあり油断できません。直腸がんが進行してストーマ(人工肛門)を造ることになる患者さんが、当院だけで年間10人以上おられます。
ひと昔前のように「進行がんが転移までいったら、手の施しようがない」という時代ではないですが、早期発見・早期治療が生存率や術後のQOLを上げるというのは昔も今も同じです。西神戸地域の患者さんは、都心で暮らしておられる方に比べて定期健診を受ける率が低いうえ、農業を自営しておられるなど決まったお休みを取らずに働いておられる方も多く、診療の機会を逃してしまう傾向が高いのかもしれません。また、患者さんの平均年齢が年々上がっていますが、ご高齢の方は若い方に比べて体調不良を自覚しにくく、我慢しがちな傾向があるように思います。気になる症状があれば、ためらわずに検査を受けるなり、かかりつけの先生に相談するなりしていただきたいですね。そして、「いざというときには、西神戸医療センターがある」と思い出してもらえるよう、私たちも努力を続けて受入れ体制を整えてまいります。
担当医と専門職の連携が生み出す安心感
手術後の緩和ケアなどにも、外科の担当医が関わるそうですね。
京極:当院は、多科・多職種が連携しやすい総合病院としての良さと、担当医が患者さんお一人おひとりとじっくり向き合える地域医療の良さとを、バランス良く両立できていると自負しています。
私たち外科医は、手術のときに執刀医として関わるだけにとどまらず、再発を防ぐための抗がん剤治療、痛みをやわらげる緩和ケアなどにも関わっています。ときに患者さんから「ずっと担当してもらっているという安心感がある」と評価をいただくこともあり、忙しいながらもやり甲斐を感じますね。
もちろん、外科医だけでできることには限界がありますので、専門職の皆さんと連携していくことも大切。長期にわたる治療や入院、あるいは生死に関わる手術を控えることによって心理的なストレスを感じる患者さんをサポートできるよう、看護師、薬剤師、心理士、管理栄養士といった専門スタッフの協力を仰ぎながらサポートしています。たとえば、さきほどお話しした人工肛門を造成した患者さんのアフターケアは皮膚・排泄ケア認定看護師が担当しますし、「がん看護外来」にはセラピーや生活改善のアドバイスを行える専門看護師が常駐しています。消化器系がんの手術後に食欲が落ちてしまった患者さんに管理栄養士が食事指導をさせていただくこともあります。新設された患者ライブラリーやがん相談支援センターにも専門看護師を配置しておりますので、何かご相談ごとがあれば訪ねてみてください。
国指定がん診療連携拠点病院として外部機関とはどのような連携をしていますか?
京極:定期的にカンファレンスを行うなどで専門知識を共有したり、人的なコミュニケーションを深めたりしています。
われわれ外科・消化器外科スタッフ一同は、「手術させていただいた患者さんを最後まで診るべき」と考えています。しかしながら、病床数には限界があり、今後も高齢化が進んでいくことを考えると長期の入院は難しいのが現状です。
そこで、受け入れ時と同様に退院に際しても地域の診療所の先生方とも連携をとり、かかりつけ医による日常的なケアと、中核病院である当院の高度な検査や診断、入院治療とを、うまく組み合わせて利用していただけるよう、努めていかねばと思っています。
ありがとうございました。